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zoom RSS 「遣唐使」読了

<<   作成日時 : 2008/03/24 23:14   >>

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岩波新書の「遣唐使」を読み終わりました。

本書は、帯でも引用されているように「本書を繙かれる方は、耳慣れな胃事実に出会って、違和感をもたれる場合も少なくないだろう。しかし、それこそが著者である私のむしろ目指すところでもある。その違和感を手がかりに、単なる遣唐使をドラマやロマンを超え、現代の外交や文化交流にも視線をむけていただきたい」(はしがき)という視点から書かれており、そのことは再度、あとがきにおいても「古代のロマンとして見られがちの遣唐使だが、近現代の異文化交流を見る鏡にもなることを、本書を通じて感じ取っていただきたい」と述べられていることからもわかる。

いわゆる古代史ロマンとは大きく一線を画し、対立する学説についても丁寧に取り上げた著作となっており、最近の軽い新書とはちょっと違うものになっていると思います。やはり岩波新書ということでしょうか。

なお、本書の中で四庫全書を全文検索で調べたとあったので「え!ひょっとしてもうデジタル化されているの?」と思ってネットで見てみると、結構電子版が出てるんですね。しかし、並の量じゃないはず、と思ってよく見てみると、CD153枚とか182枚とか・・・。さすがですw


後は個人的メモ
問題なのは、遣唐使といえば友好やシルクロード経由の文化受容といった側面が強調されがちで、日唐の外交関係が、あまり話題にのぼらないことである。朝廷は推古朝以来、中国と外交上対等に接してきたと考えている人が多いのではないだろうか。」「第二次大戦前からのナショナリズムが、冷静な認識を妨げてきたことも影響しているだろう。」(はしがき)

日本と中国は、間に海を挟むとはいえ、長い歴史を持つ隣国であるが、正式な国交があった時期は決して長くない。」「千五百年を超える歴史の中で、その三分の一程度にしかならない。」(20頁)

かつては「日出づる処」と「日没する処」という対照的な言い回しに、倭の隋に対する優越意識を見る解釈が普及していた。この説明は一見まことしやかだが、「日出づる処」「日没する処」は仏典の『大智度論』(巻十)に使われている表現を借用したもので、「東」「西」の文飾に過ぎず、とくに優劣の意味は込められていない」(25頁)

おそらく「日本」を新しい国号に選んだ背景には、蔑称を避けて二字のすっきりした名称に変える意図に加え、中国を世界の中心とする中国王朝の中華思想に同調する意味があったのであろう。唐もこれを感じ取ったからこそ、改号を問題なく承認したと思われる」(46-47頁)

遣唐使の停止をきっかけに、中国の直接的な影響を抜け出して、日本独自の文化、すなわち国風文化が形成されたと言われた。」「近年の研究では、先のような筋書きは、ますます成り立たないとされるようになっている。八世紀末から中世・近世にかけて、日本の対外交流は縮小するどころか、様々な面で拡大したと考えられるからである。」(178頁)
とはいえ著者は、
このところ日本史の学界を中心に強調される「開かれていた日本」という論には、そのまま同調するのはむづかしい。日本は閉鎖的な島国だったという「常識」に対して提起されたそのような意見では、日本列島は古代以来、海を介して周辺地域と交流してきたのであって、「鎖国」体制下の江戸時代も例外ではなかったことが力説される。」(189頁)
「開かれていた日本」という発想は、常識化した鎖国史観への批判としては有効だし、耳を傾けなければならない点があるのは確かだが、歴史の大局から見れば、それに偏ると日本が本質的に持つ鎖国体質に目をつむってしまうことになる。歴史を将来に役立てる意味でも、むしろ日本の鎖国性こそが自覚されるべきであり、それはいくら強調してもし過ぎることはないだろう。」(190頁)
ってところが、129頁の「歴史を通じて、この条件に大きな変化はなかったから、日本の統治者に、今もって外交的センスが欠如しているのも、いたし方ないかもしれない。」ということになるんでしょう。


目次

はしがき

序 章 遣唐留学生の墓誌
日本人留学生の墓誌発見/墓誌を読む/井真成とは何者か/入唐の方法をめぐって/唐から見た井真成/望郷の念への共感/真成の死とその後

第一章 遣隋使から遣唐使へ
正式な国交・交流の時代/最初の遣隋使/アメタリシヒコとは誰か/日出づる処の天子/敬意表現に変わる倭の国書/仏教文化を求める/憲法十七条と仏教/外交使節としての遣唐使を考える/対立と腹の探りあい、そして直接対決へ―第一期/朝貢の下での安定―第二期/国書の内容が推定できる史料/仏教国日本の強調/二十年に一度の朝貢/国号「日本」を使う/ダブルスタンダードがもたらした良好な日唐関係/変わる国際関係―第三期/貞観「入唐使」の役割/寛平の派遣計画と菅原道真/なし崩し的な停止

第二章 長安・洛陽への旅
旅程とコース/北路―新羅道の時代/南路―五島列島を経由する/「南島路」は存在しなかった/船の編成・使節の権限/陸路、洛陽・長安を目指す/天平四年使節の場合/遣唐使船と住吉の神/遣唐使船の停泊地/夏の出発/上京の許可を得る―厳しさを増す入京制限/都に向かう旅―洛陽か長安か/朋古満という名の遣唐使メンバー/「京」は長安を指す/井真成と天平遣唐使/朝貢の品々/帰国と遭難/船をめぐる最澄の記録/中国に早くからあった布製の帆/中国の船舶技術をめぐって

第三章 海を渡った人々
遣唐使のメンバー/選び抜かれた人物たち―使節/公私の通訳たち/遣唐使船を操る船員たち/遣唐使を助ける各種の技手/さまざまな分野の技術研修生/空海は薬生だった/待遇に差の大きい留学者/ある短期留学生(請益生)の例/短期留学僧(還学僧)の使命/長期留学者―阿倍仲麻呂と吉備真備/留学者の目的/留学を目指した僧侶たち―道昭、道慈、玄ム、円仁など/中臣鎌足の長男・定恵の入唐―藤原氏と遣唐使/異色の国際人・霊仙/来日した人々/鑑真の来日/朝廷と鑑真/鑑真は何をもたらしたのか/鑑真の思い/鑑真の弟子たち/漢字の発音を伝える―袁晋卿/中国以外からの人々/日唐混血児たちの運命

第四章 往来した品々
延喜式に見る朝貢品リスト/工芸品ではなく素材を朝貢/「出火水精」とは何か/現物貨幣としての輸出品/日本に伝わった唐の文物―「ブックロード」/膨大な漢籍と仏典が伝わる/留学者の選択による写本/俗書『遊仙窟』はなぜ受け入れられたか/道教経典は選択されなかった/日本から唐へ渡った書物/書物請来への執念/もたらされた仏像や舎利/みかん、茶などの植物/喫茶の風習/「脳源茶」をめぐって

終 章 日本文化の形成と唐文化
遣唐使の停止をどうとらえるか/外来文化受容の画期/自らのフィルターで濾過して摂取する/派遣空白期の対中交流/文化の選択的受容とは/「開かれていた日本」なのか

あとがき



2002年度以降コピーを取って、あるいは印刷して読んだ論文等

行政法解釈のあり方(7・完) / 阿部泰隆 自治研究. 84(1) (通号 1007) [2008.1]

一二 行政法における事実認定は、民事裁判の認定方法ではなく、法治行政に即して
 1 縦割り法律を超えて運輸大臣が実質的に「容認した」とする神戸空港訴訟判決
 2 行政の調査義務と立証責任
 3 不利益処分の理由の差替えは法治主義に反する事実認定
 (一) これまでの考え方
 (二) 検討−申請に対する処分の場合
 (三) 検討−不利益処分の場合
一三 事実を正確に把握せよ
 1 水俣病の原因
 2 カネミ油症における危険のサイン
 3 京都大学井上教授事件
 4 君が代ピアノ伴奏訴訟最判二〇〇七=平成一九年二月二七日
一四 法の解釈においても当事者の主張をふまえて、法的観点指摘義務
一五 まとめ

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